誰かの「つくりたい」を実現する
ベースドラム内では「育児に熱心なテクニカルディレクター」という印象が強い、泉田隆介。しかし、実は育児に限らず、アニメやゲーム、海外ドラマに至るまで、常に様々なことにアンテナを張り、たくさんの情報を吸収し続けている彼は、「それら全てが大事な財産」と語ります。その財産は仕事においてどのように活かされているのでしょうか。育児と仕事の合間に話を聞いてみました。
制作会社勤務から子育てをきっかけに独立
― 自己紹介をお願いできますか?
マニュファクチュアという屋号で活動している泉田です。現在はフリーランスのテクニカルディレクターですが、ベースドラム以外にブルーパドルというギルド型組織にも所属していて、3つの顔を持って活動しています。普段は体験展示系のテクニカルディレクションや開発も手がけ、特にハードウェア方面には強みを持っています。最近はプロジェクトマネジメントをすることも多いです。
― “プロジェクトマネジメント”とは具体的にどのようなことをするのでしょう?
例えば、ある企画案において開発をお願いできそうな相手がいたとしても、開発スケジュールの引き方や担当者間の連携の取り方など、どう"プロジェクト化"すべきかわからない場合があり、そういった際にプロジェクトを回す役割で入ります。バリバリのスキルや技術力で巻き取っていくというよりは、テクノロジーや開発などを浅く広く理解した上で、コミュニケーターとしてクライアントとの間に入って調整をする、といったテクニカルなプロジェクトマネージャーですね。
― フリーランスになったのは、子育てがきっかけだったと聞きました。それ以前はどのようなことを?
元々は大手メーカーの工場に就職し、ゲームコントローラーのファームウェア開発やモーションセンサの評価などを担当していました。5年くらい仕事をしているうちに、もう少し人と人が直接関わるような仕事がしたくなり、ちょうど広告系でハードウェアが絡んでくるインスタレーションが流行っていた時期だったので、ソニックジャムとバードマンという二つの制作会社で数年過ごした後、子育てを視野に独立しました。
― なぜ子育てをしてみたいと思ったのですか?
あくまで理由のひとつですが、興味関心が大きいです。小さい頃からの子どもの成長過程を見ることは人生で何度も経験できないので、経験しないのは損だと思うんです。私の仕事観にもつながる点ですが、スキルセットという意味でも、私はエンジニアリングでスタープレイヤーになれるタイプではなくて、どちらかというと技術以外の体験や知識を技術につなげていくことで価値をつくっていくタイプだと思っていますし、そうありたいと思っています。結果、今は育児をしながら、その知識も活かせる仕事をしている感じですね。
― 子育てをしてみて経験以外で得たものはありますか?
子ども中心に生活のリズムが回るようになって、生活にメリハリがつくようになりました。ほかにも、世の中の空気感みたいなものに対する着目点が増えたような気がします。普段から流行っているアニメやドラマなども使命感で見たりするのですが、子育てに限らず、着目点が増えて自分の引き出しが増えることは大事な財産のような気がしています。あとは、子育てを優先するために色々なことを取捨選択しなければなくなった面もありますが、制約があるからこそ考えて解決するようにもなりました。
浅く広く全体を見るからこその需要
― そこはプロジェクトマネジメントにも似ていますね。では、泉田さんがそういった仕事を始めるきっかけとなった2019年の「不思議な宿」について教えてください。客室毎にテーマが異なる宿泊施設として話題になったプロジェクトですね。
「不思議な宿」は元々企画を担当するブルーパドルが各部屋のコンセプトを考えた上で、開発の方法を考えることになっていたプロジェクトでした。当初、私は施工の手数が足りないから手伝ってほしいと呼ばれたのですが、状況を確認してみると、開発以外の部分で必要な調整が無数にあったんです。例えば、施工の段取り整理や現地の建設会社の方々とのコミュニケーション、スケジューリングなどなど。最終的に、各担当者間の隙間で取りこぼされているボールを見つけてはひとつずつ潰していく、という役割を担当していました。結果、無事に不思議な宿がオープンして、反響もあり、そのときにプロジェクトには開発や企画をする人はいるけれど、こういうポジションの人が足りていないことが往々にしてあるんだと気づいたんですね。じゃあ今後はそういう方向に舵を切っていこうと、思い始めるきっかけになったプロジェクトでした。
― そういったスキルはどこが由来なんでしょうか?
ソニックジャム在籍時の話ですが、私は会社が今後力を入れていきたい方面の人材として採用されたハードウェアエンジニア第1号だったんですね。そのため、新規の案件を開拓していかなければならず、「こういう技術を使えば、こういうプロジェクトができますよ」という企画書も書けば、システム設計も担当したり、1人で幅広く関わっていました。そういう経験から勘所が強かったんですね。
― リアル脱出ゲームとPerfumeがコラボした「Perfumeの隣の部屋からの脱出」についてはどうでしょう?隣の部屋にいるPerfumeのメンバーと協力しながら謎解きをして脱出する、というコンテンツですが、技術的にも難しそうだと感じました。
技術的な部分に関して、上流から最後まで全て関わったプロジェクトですね。お話をいただいた時点では、企画内容はある程度固まりつつあったものの、どの箇所にどの程度コストがかかるのか、開発の難易度はどれくらいかが分からないため企画全体の収支が読めず、先に進めないという状態でした。そこで、企画内の各要素にそれぞれどの程度の難易度やコストがかかるのかを初回の打ち合わせで回答させていただき、そこからバランスの取れた実現案になるようブラッシュアップするお手伝いをさせていただきました。その後は、そのまま実際の開発まで担当することになりました。
「不思議な宿」とも共通するのですが、浅く広く全体を見て、実際の開発コストに近い金額を出すこともしますし、企画案がハマる位置を見つけて、そこから一貫して開発することもできる。だから重宝していただいて、仕事が来ているんじゃないかと自分では思っています。
「つくりたい」を「つくれる」に
ー 座右の銘的なものはありますか?
屋号としている「マニュファクチュア」には「"つくりたい"を"つくれる"に変える」というコンセプトがあります。例えばアイディアを実現するためには、技術的なことだけでなく、予算と企画の摺り合わせやスケジューリングなどいわゆるプロジェクトマネジメントの知見も必要になります。「つくりたい」を「つくれる」にするまでの障壁って、実はたくさんあると思うんです。なので、「開発だけでなく、あらゆる障壁を取り除く役割を担当します」と受ける仕事が多くて、その最たる例がPerfumeのお仕事ですね。
― 「マニュファクチュア」という言葉の意味にもそういった部分は反映されているのでしょうか?
そうですね。授業で習ったかもしれませんが、産業革命では家庭内での手仕事から工場での機械工業に至るまでの移行期に、工場内で手仕事を行う工場内製手工業という段階があって、それを「マニュファクチュア」と呼ぶんです。私は現代のモノづくりプロセスについてその逆を思い描いていて、家庭内機械工業とでもいうのか、3Dプリンターや回路製作などを活用し、家の中でもできるくらい小さな単位でモノづくりできることで価値を出せる時代だと思っています。SNSにより、個人の興味がクラスタ化され分断している社会で、マスに向けて宣伝して大量に売るよりも、特定の層に向けて小さく立ち上げて、素早く売っていくことが世の中の主流になりつつある今、私みたいに個人の目の届く範囲で物を作って展開していく方が時流的にも合っている気がして、そういう意味合いをこの屋号に込めています。
― 最後にベースドラムとはどういう場所ですか?
私の仕事は知っておくべき知識の範囲が多岐に渡るのですが、WEBやアプリなど個人では抜け落ちてしまっている知識もあるんですね。ただベースドラムには色々なジャンルの専門家がいて、Slackなどで技術的な話が飛び交っているじゃないですか。一人だとどうしても知識が閉鎖的になってしまいがちですが、ベースドラム内で流れている情報を吸収することで気づかないうちに自分のスキルや知識の幅が広がっていくという環境はありがたいですし、心地いいなって思っています。
インタビュー:戸井田 拓斗