文化財を3DCG化する職人 【8K文化財プロジェクトの制作現場:前篇】
文化財を3D空間上で再現するという取り組みが行われています。
NHK奈良放送局で6月18日に開催されたデジタル調査会では、国宝「救世観音像」が8K画質で3DCG化されたモデルが公開され、その精密さに、研究者らから驚きの声が上がりました。
NHKと東京国立博物館が共同で取り組んでいる「8K文化財プロジェクト」は、文化財を最新テクノロジーで3DCGする試みです。国宝や重要文化財といった、普段は滅多に見ることのできないものを3DCGにすることで、そのものの質感や、細部のあしらいなど、非常に多くの情報を手にすることができるようになります。
この「文化財の3DCG化」という、技術と集中力を要する作業の主要部分を担っているのは、たった一人の技術者でした。成田修一。株式会社アフタイメージ 代表取締役。デジタル界の匠ともいうべきこの職人が、超精密・超高画質の3D化された文化財を作り上げるまでには、どのような過程があり、どのような思いが込められているのでしょうか?
今回は、BASSDRUMのメンバーである高嶋一成を聞き手に、3DCGデザイナーのAfterimage 成田修一さんにお話を伺いました。
後篇はこちら
文化財を有効活用するために
高嶋 成田さんは、3DCGの、どんなところに心を揺さぶられたのでしょうか?
成田さん 今では当たり前になっていますが、CGが登場した当時は、PC上で3D空間を表現できることそのものが「凄い」と思いました。もっと技術が発展すれば、なんでもできるようになるのではないか。そんな将来性にワクワクしたのです。
高嶋 成田さんが文化財の3DCGを制作するようになった経緯は、どのようなものだったのでしょうか?
成田さん NHKさんが8Kを推進するという取り組みのなかで、「高精度なデータがあれば有効に使えそうなもの」を探しているときに、「文化財を8Kで撮る」ということになったんです。8Kで撮影するだけなら、それまでにもあったのですが、「そこからさらに3DCG化して、いろんな形に活用できるようにしていきたい」ということで、相談が来ました。
そして始まったプロジェクトは、NHKさん単独ではなく、東京国立博物館との共同研究という形になりました。文化財というのは、人目に晒すと照明などの影響を受けて劣化するんですよ。でも、晒さないと、その価値を後世に伝えていけない。その課題に超高解像度の3DCGで挑もうというものです。
高嶋 私もこの仕事をご一緒させていただいていますが、文化財のキャプチャーは、いつも博物館の研究員の方々と一緒に行っていますよね。
成田さん CG制作の仕事で、これまで研究員の方々とご一緒する機会はなかったので、新しい経験をさせてもらっています。時には、大きな調査の一環でキャプチャーをさせて頂くこともありました。たとえば法隆寺所蔵の救世観音は、毎年ご開帳しているのですが、研究のための撮影や調査はこの先百年はないのではと言われています。
成田さん 救世観音のときは確か3時間しかない中で、最低400枚は撮りたいと思っていました。この貴重な機会に、後世に残せるデータをしっかりと記録しようと、カメラも2台体制で臨みました。5度刻みとか、10度刻みとかで撮影していくんです。できるだけ光の反射がないように、照明さんにめちゃくちゃ工夫してもらって。一枚でも多く撮る、修行のような時間ですね。
高嶋 そうすると、現場で判断する事が多くなりますよね?
成田さん 撮りきれないという事がないようにするため、事前準備が大事です。
このプロジェクトで一番はじめに撮影させてもらった百済観音の時は、手探りだったから大変でした。照明のセッティングにどのぐらい時間がかかるのかわからなかったし、番組の8K撮影と並行して行ったので、200枚の撮影となりましたが、その後の文化財では、カメラの台数を増やすなどの工夫をして、より効率的に枚数を増やせるようになりました。
高嶋 あの頃の成田さんは、取り憑かれたように部屋にこもってCG制作をされていましたよね。
文化財を3DCG化する際の流れ
高嶋 文化財を3DCG化する際の、大きな流れを教えてください。
成田さん まず事前検証を行います。対象となる文化財の特徴や、所蔵されている場所に応じて、使用する機材や技術を確定していきます。フォトグラメトリだけにするのか、3Dスキャンも併せて使用するのか。
次に、影ができないような照明設計が非常に重要なため、ライトの台数や光量の選定を行います。
ここからは撮影です。一般的な写真とは異なり、手前から奥までピントを合わせるために様々な工夫をしながら、限られた時間のなかで一定の枚数やできるだけ精密なデータを取得する必要があります。
そして、それらを元にテクスチャーマップの作成をし、質感を設定する。最後に、プリレンダー動画やUnreal Engineへの実装といった、コンテンツ制作の作業をします。
高嶋 作業のなかで、もっとも時間を要する工程はどこなのでしょうか?
成田さん 3Dメッシュの制作ですね。不完全なデータを補完し、形状を適切なポリゴン数にリトポロジーする作業は、もっとも時間がかかります。
分光測色計の値を身体感覚にする
高嶋 3DCG化された文化財を見ると、「質感がすさまじい」と感じるのですが、この質感は、どのように作られてるのですか?
成田さん すごく技術的な話になりますが、物理シェーダーというものがあって、これは自然界の光の現象を再現する、そういうプログラムです。
この物理シェーダーを実装したツールが最近は増えてきており、リアルタイムレンダーとプリレンダーに分けられます。UnityやUnreal Engineといったゲームエンジンにもこれが実装されています。ただ、これらのツールはリアルタイムで動かさなければいけないので、物理シェーダーのなかでも特殊な位置付けなんです。
それで、僕が使っているのはプリレンダーの方です。割とガチな空間計算をしてくれるArnoldというレンダラーを使っています。Arnoldでしっかり質感を出すために、物理シェーダーのことも、もちろん勉強しなおしたんですけど、光の現象って、感覚で作ってしまうと立体としては破綻してしまうんですよ。あるアングルからなら綺麗に見えるけど、ぐるっと回ってみると、成立しない。だから、プリレンダーを正しく使うために、物体の表面で起きる、光の拡散や反射を正確に調べる必要があるんです。
……こんな話をしていて大丈夫ですか(笑)?
高嶋 もちろん大丈夫です。
成田さん 光の反射の仕方も、正反射法とか、側面で反射するフレネル反射とか、屈折率とか、いろんな値があります。再現性を最大限まで高めるためには、素材によって異なる光の値を正確に調べる、というところから、やり直さなきゃいけないなあと思いました。
それで、分光測色計という、物体の表面のスペクトルを計測する機械がありまして、これがあれば正確に値を調べることができるんです。文化財をしっかり計測するために、この分光測計を使えればと思っていたんですが、そこで、文化財だからこその課題にぶつかりました。
高嶋 文化財に触れる事ができない、という事ですよね。
成田さん そうです。それで、なにをしたかというと、自分でいろんな素材を集めてきて、プラスチックとか、タイルとか、木片とか、さまざまな金属とか。それを分光測色計で計測して、自分の体に馴染ませる。「この質感だと、このスペキュラーは、このあたりの値になるな」というのを調べ尽くして、その感覚を身につけていった。
そうすると、文化財を見たときに、「この辺りはこの値だな」というのが判断できるようになっていった。
高嶋 絶対音感ならぬ、絶対「光」感ですね。
成田さん 僕の場合は、相対的なものですけどね(笑)。物理シェーダーにできるだけ正しい値を入れるために、そういう努力をしています。
テキスト:岡田麻沙