文化財を3DCG化する職人 【8K文化財プロジェクトの制作現場:後篇】
見えない場所も作る
高嶋 成田さんとしてCG化が一番大変だった文化財は、どの作品でしょうか?
成田さん 甲冑です。小札鎧(こざねよろい)と呼ばれる日本の伝統的な甲冑なのですが、何千枚もの小札プレートが組紐(くみひも)で繋がっているので、これを再現するのに相当苦労しました。彫金パーツも多くて、とにかく時間がかかりました。
高嶋 この甲冑は、制作期間としてはどのぐらいかかったのでしょうか?
成田さん 4ヵ月かかりました。入り組んでいるものは本当に作るのが大変です。3DCGを制作していく過程でも、実物の文化財がどんな素材や手法で作られているのかを調べて、その手順を追うようにしながら作ることもあります。
「ここは表側は木材だけど内側に金属が入っている」とか研究者の方から教えてもらうと、「そういうことに気をつけないといけないんだ」と。構造的なものは正しく作らないといけないなあと思っています。
高嶋 見えない部分も作っていたんですね……!
成田さん この甲冑の後ろ側は特に苦労しました。漆塗りが黒光りして、形状を捉えるのが難しいのです。小札プレートの重なり方から、漆の塗られ方、形状までを研究員の方にも伺いながら勉強しました。
甲冑って、裏向きにすると撓むんですよ。通常の向きと反対側にすると、こう、重さによって蛇腹のようになっている部分が撓んで、形状そのものが変わってしまうんです。身につけるためのものですから、当然、伸縮があるわけです。そのため、データとして整合性をとるために、パーツごとに分解し、一つずつ組み合わせていく必要がある。
それから、兜の部分の裏側に誰かのサインがあったり、年号なんかが入っていると、それも貴重なデータだからとっておく必要がある。本当に大変な作業でした。
高嶋 これまで3DCG制作をされるなかで文化財が違う見え方、たとえば対話をしているような瞬間はあったりしたのでしょうか?
成田さん 自分が作っているのはあくまでCGなので、対話という感覚はありませんが、細部まで詳細にモデルを見るので、熟練の技術を感じたり、文化財を制作した職人の息吹のような物を感じるたりすることはあります。すごく手間がかかっている場所などは、「ここは手を抜けないな」と気を引き締めて、私も作業しています。
高嶋 成田さんは、これだけ緻密な作業をずっと続けられていますよね、一番のモチベーションはどこにあるんですか?
成田さん 今まで色々なCGを作ってきましたが、会社経営をするうちに、少しずつ現役から離れた仕事が多くなっていきました。利益のことも考えなくてはならないし、労務や契約など、ビジネスマンに徹しないとならない部分が増えていって。
残念ながら私は、決して優秀なビジネスマンではないので、会社を発展させることはほかのスタッフに任せ、自分の得意なCG制作でもう一度勝負したいと思うようになりました。そんなタイミングで、このプロジェクトと出会いました。文化財は昔から好きだったこともあり、今は「できるところまでやってみよう」と思っています。CG制作は、私にとって仕事ではなくて、生き方なんですよね。
データが独り歩きしないために
高嶋 ご自身について、教えてください。成田さんが「昔から変わっていないな」と感じるところは、どんな点でしょうか?
成田さん ゆるく凝り性、几帳面、完璧主義、リアリスト。こういう性格は、ずっと変わっていないと思います。
高嶋 「文化財を3DCG化する」という仕事を、もしも目指す人がいたら、どんなアドバイスをしますか? ご意見を伺いたいです。
成田さん ちょっと厳しい言い方をすると「できる人だったら、やってほしい」。造形力とCGスキル、どちらも必要な仕事なので、「どっちもありません」という人だと、そこからは教えられないよ、という感じになっちゃいます。
でも、ある程度しっかりと経験を積んでいる人で、文化財をぜひやってみたいという人がいたら、もう「ウェルカム」という感じです。足りないスキルは吸収しながらチャレンジしていくようなモチベーションの人には、向いている仕事だと思います。
技術的には、私が現在手作業で行っている部分などは、いずれ自動化されていくのかもしれません。ただし、それは単なる計測技術であって、それだけで人の心を掴むものが生まれるとは思えないのです。
たとえば息をのむほど美しい写真も、機材と写真家の技術や演出によるものであり、一般の人が撮ったものとは別の次元のものですよね。3DCGとして再現する過程では滅私、それをコンテンツとして世に送り出すときは制作者の個性がむしろ必要ではないかと思っています。なのでただ文化財の再現をするだけではなく、演出も同時にしていける。そんなクリエイターが求められると思います。
滅私に徹する作業の過程は、写経や仏画を描くときの心構えに似たものが必要かもしれません。特に仏像のときに感じますが、作っているつもりが、いつしか仏に「作らされている」という感覚におちいる事があります。デジタルデータに過ぎないのに不思議ですよね。
高嶋 3DCG化された文化財の価値とは、どのようなところにあると思われますか?
成田さん 人によっては、文化財をデジタル化するという行為に抵抗を覚えることもあると思うんです。僕は、本物とデジタルはまるで別のものだと思っているので、このデジタルのものだけが一人歩きするような状況はちょっと好ましくないなと。
本物とセットで用いられることで、理解を深める一助になればいい、という思いで作っているんです。今までは図録やカタログだったものに3Dモデルが加わるという感じではないでしょうか。本物はガラスケースに入っていたり、数年に一度しか見られなかったり、色々な制約が多いですが、デジタルデータならば自由に360度から鑑賞できますので。
だから、これがバーチャル空間の中で展示されて「ここから先は参観料がかかります」みたいな状況は、文化財そのものにとっても相応しくない気がします。製作者としては、そういう状況を一番恐れていますね。展覧会や神社仏閣で本物を見て、その後にデジタルデータで追体験をしたり、逆に展覧会で高精密な画面でさまざまな文化財に触れ、本物に出会いたくなったり。そんな関係性ができれば良いと思っています。
テキスト:岡田麻沙
<展示情報>
現在、国立東京博物館では、デジタル技術と日本美術体験を掛け合わせた特別企画「未来の博物館」を開催中です。第1会場・本館特別5室〈時空をこえる8K〉では、インタビューでも触れられた国宝「救世観音像」ほか、成田修一さんが担当されたCG作品をご覧いただけます。大画面に映し出される映像や、遊び心あるツールを通して、今までにない鑑賞体験をお楽しみください。
また、BASSDRUMのYouTube番組「BD LIVE」では、テクニカルディレクターたちが語る「技術視点で見る、国立東京博物館の未来の博物館」を配信しています。こちらもぜひご覧ください。