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今注目のライブ演出とその会場 2023

コロナ禍を経て、再び活気を取り戻したエンターテイメント業界。今回は、我々テクニカルディレクター・コレクティブのBASSDRUMから、20年以上エンタメ業界に身を置いているテクニカルプロデューサーの岩佐 俊秀とテクニカルディレクターの公文 悠人、小川 恭平がYouTube番組「BASSDRUM LIVE」で取り上げた、年内に見ておきたいライブ演出とその会場をご紹介します。

全盛期の姿そのままに! 「ABBA Voyage」

ひとつ目は、「ダンシング・クイーン」や「マンマ・ミーア!」などのヒット曲で知られるスウェーデンの伝説的グループ ABBAの没入型ライブデジタルコンサート「ABBA Voyage」です。昨年5月にロンドンでスタートし、すでに100万人以上を動員しているそうで、好評につき2024年5月まで延長が決定しています。

制作の舞台裏は完全には明らかになってはいないのですが、現在全員70代のABBAのメンバーが40年前の全盛期の姿で登場することが大変話題となっています。予告編ではステージ上のメンバーはホログラムのように見えますが、過去に話題になった2PACのパフォーマンスや最近日本公演も行われたホイットニー・ヒューストンなどの故人をよみがえらせるようなライブとは異なり、本公演では本人たちがモーションキャプチャー収録に協力した「ABBAtars(アバターズ)」と呼ばれるアバターを使用しています。(下の動画の2:04辺りからその様子が紹介されています)

公演では、客席を取り囲むような照明セットの奥行きをさらに広げるように見せる照明と、それに完全に同期する映像演出、そしてアバターを、ステージ上に置かれた巨大LEDウォールに投影しながら、凄腕のミュージシャンの生演奏を融合させ、ABBAが最も輝いていた時代をコンサートとして完全再現しています。

私たちが注目するのは、若かりし頃のABBAを再現するために用いられた、二つの特徴的な手法です。ひとつは、演者となるメンバーの撮影方法。もうひとつは、若い頃の顔の制作方法です。

アバター制作を担当したILM社(Industrial Light & Magic)は、バーチャルプロダクションで話題となった「マンダロリアン」などを手がけてきたVFX界で最も有名な会社です。

今回の「ABBA Voyage」では、そのILM社がNetlixの映画「アイリッシュマン」(2019)の制作時に開発した、俳優を若返らせる「De-Aging技術」(AI Face Finder)が使用されています。これは、3台のカメラを使って3点から撮影した映像から顔の形状(ジオメトリ)を抽出してCGを合わせる技術で、カメラのリグを組むといった検証を一からR&Dで開発しています。

実際には、ABBA 4人全員の全曲分の動きとMCを5週間以上かけてモーキャプし、顔はマーカーを貼らずにDe-Aging技術を使って自然な動きをキャプチャしているそうです。

この公演のために建築された会場「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク 特設アリーナ」(通称 ABBAアリーナ)も注目ポイントです。会場とステージの設計は、ステージデザイナーの巨匠、マーク・フィッシャー氏が設立したスチューフィッシュ・エンターテイメント・アーキテクツが担当しています。最寄り駅を出てまもなくすると姿を現す会場は、外壁のLED照明が浮かび上がらせる「ABBA」の文字がアリーナへ向かう人々の期待を高めるだけでなく、エントランスに入ってからもワクワクさせるデザインになっているそうです。

スチューフィッシュ・エンターテイメント・アーキテクツを設立したマーク・フィッシャー氏自身は2013年に他界していますが、現在のドームやアリーナツアーのステージの様式美を最初につくった彼の作品は、エンタメ業界の歴史に刻まれ、今も参考にされています。
また、フィッシャー氏が残したスタジオは現在も一線で活躍し、HPではその素晴らしい仕事の数々をご覧いただけますので、ぜひ覗いてみてください。

新たなエンタメの形となるか?「Sphere」

二つ目にご紹介するのが、エンタメ業界でかなり話題になっている、ラスベガスのベネチアンホテル内に建設された巨大な球体コンサート施設「Sphere(スフィア)」です。会場のこけら落としとして、9月29日から伝説的バンド、U2のライブがスタートしました。

会場は非常に巨大で、球体の高さは東京ドームの約2倍の111.5メートル、幅はプロ野球のグラウンドの約1.5倍にあたる150メートル。球体構造の建造物としては世界最大です。座席数は1万8000席で、総工費は約3400億円と言われています。

外観には、5万4000平方メートルの世界最大のLEDスクリーンが設置されていて、内部は解像度16Kの1万5000平方メートルのLEDスクリーンとなっています。LEDは、ドバイ・ブルジュハリファの外観照明や大型コンサートのLED照明を手がける、世界最大手、カナダのSACOテクノロジーズが設計しています。

音響には、独Holospot社の「X1 Matrix Array」をベースにした空間オーディオシステムが採用され、1個のモジュールには96個の超指向性スピーカードライバが搭載されています。これは、水平と垂直の任意の方向に音源を飛ばせるだけでなく、任意の視聴エリアに対して空間にオーディオソースを配置でき、それにより直接観客席に音を届けられる仕組みになっています。例えば、この席は日本語、あの席は英語、といったように音声を分けて届けることも可能になります。

LEDパネルの背後には1600個のモジュールを設置し、追加で300個のスピーカーモジュールも導入しているそうで、これを演出でどのように使用するのかが注目です。ほかに、4D的な演出もあり、床板から音が出たり、香りや風も出すことができるそうです。

Sphereではライブパフォーマンス以外の映像上映もあり、そのコンテンツ制作用にスタジオも設立されています。また、それに合わせてBig Skyという解像度 18K・120FPSの超ハイスペックカメラを開発しています。

ABBA VoyageもSphereもテック目線で見てもかなり面白いライブであり会場でもありますが、Sphereに関しては外観だけでも圧巻だと思いますので、来年1月にラスベガスで開催されるCESに行かれる方は、ぜひ立ち寄ってみてください。(U2のライブは12月まで行われる予定です。)

(10/31追記:BDメンバーによるSphere現地レポートをアップしました。)

今回ご紹介した内容は、技術に関する様々な情報を週一でお届けするベースドラムのYouTube番組「BASSDRUM LIVE」でも配信しています。ぜひこちらもご覧ください。

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